いちごのESG いちごのESG いちごのESGESG

松戸南部市場が賑わいを取り戻すまで

チェーン店全盛の中、昔ながらの卸売市場の魅力再発掘を支援

2005年当時、長らく地域の台所として親しまれてきた松戸南部市場は、閉鎖の危機にさらされていた。スーパーマーケットやチェーン店が小売業界を席巻する中、卸売市場の利用者だった家族経営の小規模な小売店や飲食店が減少し、首都圏郊外に設置された広々としたこの市場も、ガランとした空間になり果てていた。

今日、松戸南部市場を訪れても、15年前の寂れた印象を少しも感じさせないだろう。とある土曜日、松戸南部市場の駐車場は、空いている駐車スペースを探す車で長い列を成していた。アーケードの中では、いくつものお店が食に関するありとあらゆるものを取り揃えており、狭い通路にはお目当ての品物を求めて訪れた買い物客で溢れかえっていた。場内では、生きたままのウニ、口の開いたアンコウから、地元で採れたミカンに大根の漬物のほか、食材以外にも深鍋や手作りの柳刃包丁も売られている。

鮮魚店の前で、刃渡り50センチ以上もある長い包丁を使った、クロマグロの解体実演販売が始まると、お祭りのように人だかりができた。その近くでは、目玉企画『現金つかみ取り』の順番を待つ買い物客の列。参加者は、お札や硬貨の入った箱の中に手を入れ、掴んだ分だけ持ち帰ることができる。

「ここに訪れると、ワクワクするのでまた行きたくなるんですよ。」鮨屋に勤務する浅沼さんは、こう教えてくれた。今日の現金つかみ取りで、一度に14,500円も持ち帰ることができて嬉しそう。「スーパーでは体験できない、何か面白いことがここにあります。」

このようなワクワクするような「体験」こそ、松戸南部市場が賑わいを取り戻すことに成功した理由だ。

松戸南部市場のような形態の卸売市場は、戦後から高度成長期にかけて全国に広がった。当時、豊かになりつつあった消費者が買い物に訪れたのは、駅前や商店街に次々とオープンした家族経営の小規模な小売店や飲食店。これらの事業者にとって卸売市場は、食材を調達する場所だった。

松戸南部市場の所在地である千葉県松戸市は、都心から電車で30分ほど北に離れたところにある。戦後の人口急増に伴い、市内で2番目の卸売市場として、1966年に開設された。

1990年代に入ると、卸売市場を取り巻く状況は曲がり角を迎えた。規制緩和やライフスタイルの変化、多様化、自家用車の普及に伴い、消費習慣も変わっていったからだ。規模が大きくて便利なチェーン店が消費者にもてはやされる一方、昔ながらの商店街は「シャッター街」へと変わり果てた。2000年代初頭には、松戸南部市場のテナント数も減っていき、このまま衰退の一途を辿るかと思われた。

「閉鎖する一歩手前でした。」長年、松戸南部市場に勤務し、現在は市場運営グループ管掌の常務取締役である松永美樹さんは、当時の様子を回想する。「駐車場はいつもガラガラで、野球ができそうなぐらいでした。」

2005年に、サステナブルインフラを掲げるいちご株式会社が卸売市場の運営に参入し、松戸南部市場を買収した。いちごは、松永さんを始めとする松戸南部市場の従業員に主導権をもたせ、自らの手で市場に賑わいを取り戻す方法を講じさせた。

松永さんが率いるチームは、手始めに全国の卸売市場を回り、活性化につながりそうな事例を探した。

活性化策として、一般客に卸売市場を開放した。お祭りのような雰囲気を常に演出することで地元客を引き寄せる企画を始めた。市場では、現在、連日何かしらのイベントが催されている。定期的に開催されているものは、抽選会、たまごつかみ取り、フリーマーケットなどだ。月一で開催される『発掘トライアル⁉』は、当日お買い上げのレシートを提示すると参加費100円で、簡単なゲームに参加でき、賞品を手に入れられるイベント。ほかにも年に一度の『市場祭』、『リレーマラソン大会』がある。変わり種として、年に数回、『市場で合コン(いちコン)』も開催しているが、こちらは市場でおいしいものを食べながら友達を探せるというもの。マッチングはしていないが、カップルが成立すると、花束の代わりにマグロの大きな切り落としが贈られる。

料理教室、市場見学会、試食会などの体験型イベントは、松戸南部市場最大の魅力が来場者に伝えられるようにできている。その最大の魅力とは、長年飲食店経営者や小売店などのプロを相手に提供してきた、食材に関する深い知識や確かな腕前だ。

「ここに何度も訪れたくなるのは、食に関する専門的なことを聞いたり、習ったりすることができるからです。普通のスーパーだったら、できないでしょう?」家族連れで訪れた地元の会社員、寺島さんは、こう語る。「ここは、食のプロフェッショナルが集まるところ。本物のプロと話せる貴重な場所なのです。」

松永さんのチームが講じた数々の活性化策は、功を奏した。昨年の来場者数は100万人超えと推定される。年末のピーク時、朝5時半には既に駐車場が満車となっていた。

今や、全国の卸売市場運営会社が、松戸南部市場の復活から学ぼうと集まる。最近では、中国、ベトナム、ネパールやドミニカ共和国からの視察団が訪れている。

松戸南部市場の復活は、まるでお祭りのような盛況ぶりからも確信する。

鮮魚店を切り盛りする森本一男さんとその店員2人が、70㎏もの重さのあるクロマグロをお店の前に出すと、瞬く間に人だかりができた。解体実演販売の始まりだ。森本さんは手際よく、マグロのきめ細やかなサシが入る赤身を削ぎ切った。さらに小さくサクドリをし、購入しようと人だかりから前方に進んだ買い物客に手渡す。

前のめりになって見物していると、森本さんは、一口サイズの脂の乗った中トロを試食用に差し出してくれた。口の中へ運ぶと今にもとろけそうだ。

「僕は、マグロ王だからね。」森本さんは、冗談めかしながら、楽しそうに買い物客にマグロの部位を説明する。

「45年間ここで商売しているけれど、こんなにも賑わったのは初めて。」森本さんは、語る。「松戸南部市場は、この先も生き残るために変化を遂げた。今や地元コミュニティの中心だ。」

「安く売るだけでは、ダメだ。」松永さんは、さらに加える。「他のところでは体験できない、ユニークなことを提供して行かなければならない。いちごには、新しい試みや新しいやり方を考えることを後押ししていただいた。」

一覧へ戻る