ストーリーStory
街の可能性を更新する、新しいビジョン
いちご よこすかポートマーケット その1
「“経営を何とかしないといけない”と言い続けていたが、状況は変わらず、2018年に一旦仕切り直しをした。地元向けか観光客向けか。中途半端な立ち位置だったことが反省点だった。」
当時は水産物のほか、野菜も販売していたが、近隣にスーパーマーケットが出店すると価格競争が生まれ、特色が打ち出せていないという指摘もあった。
CSYは運営から手を引き、一年限定でテナントに運営を任せる間に再建策を練った。
サウンディング調査*を行った際はファミリーレストランやスーパーマーケットの事業者が現地を訪れたが、敷地形状や規模、周辺の競合状況に加えて、横須賀市との連携による観光拠点化という前提条件が重なると、出店を期待できる回答は得られなかった。
*サウンディング調査:市有地などの活用方法の検討にあたり、公募により民間事業者から広く意見や提案を求め、意見交換等を通じて、事業成立の可否の判断や市場性の有無、事業者がより参加しやすい公募条件の設定を把握する調査のこと
そのような時に、いちごはCSYからアプローチを受け、検討を進めることになった。
「私たちは不動産を甦らせてきたほか、農業支援や観光業の経験を持ち、ノウハウが活かせる好機として手を挙げさせていただいた。」
いちご株式会社執行役副社長兼COOの石原実は、施設再建についてこう語る。
「農業、漁業、畜産業から料理、サービス、⾷空間、マルシェ、⾷育、さらには環境問題から社会貢献まで、“⾷”を中⼼にしたあらゆる体験を提供する。食材提供までのプロセス、食べ方の演出も一つ。生き物、食への感謝を自然な形で表すことは大事であり、1次産業に携わる人への尊敬や、実収入にもつなげていきたい。こういう考えから、リニューアルコンセプトを“フードエクスペリエンス”とした。」
CSYはPPP*(パブリック・プライベート・パートナーシップ)として運営事業者選定に向けた公募を実施。選考委員会などの審査を経て、2019年にいちごを代表者とするコンソーシアムを選定した。
**PPP(Public Private Partnership):公共施設等の建設、維持管理、運営等を行政と民間事業者が連携して行うことで、民間事業者の創意工夫等を活用し、財政資金の効率的使用や行政業務の効率化等を図るもの
その後、いちごは多くの協力者と連携しながら、コロナの環境下で出店者を募集。
地元の水産会社を中心とした魚・肉・野菜のセレクトショップ、よこすかネイビーバーガーの老舗店、横須賀の地ビール店、横須賀・葉山エリアで有名なプリン店やパン屋、サンドウィッチ店や土産物店など、“フードエクスペリエンス”を体現する16の店舗が集まった。
「“フードエクスペリエンス”というしっかりしたコンセプトに加えて、統一感の感じられる空間と魅力的なテナントたちが合わさり、“来たい”と感じる魅力的な施設になった。それに、地元の漁協や農家それぞれが看板を出してくれた。あれには感激した。」(竹内氏)。
年間来場者数100万人を目標の達成に向け、順調な滑り出しを見せた。
「空間の持つ力をデザインによって伝え、多様な人が集う熱気あるコミュニティを作りたい。」
こう語るのは、企画・改修計画・顧客接点のデザイン全般を担った流石創造集団株式会社の堀之内 司(ほりのうちつかさ)氏。これまでもいちごのプロジェクトに多数関わってきたが、今回の案件は彼らが最近取り組むテーマとの親和性も高かったと言う。
「こういった取り組みの先に、次世代の生き方、それに小さくも豊かなビジネスが生まれるのでは、と考えている。いちごとはこれまでも協働してきたが、横須賀の話を聞いた時、この試みが応用できるのでは、という発想があった。」
農を軸に、世代・国籍・暮らし方の異なるもの同士が集い、自然の恵みや地域の魅力を実感しながらコミュニティを育む。この営みの基にあるのは、多様なものを受け入れ、交差させることだと言う。
「横須賀は三浦半島にありながら、三浦・逗子・葉山とは異なるカルチャーがある。アメリカの雰囲気がある一方でローカル色も濃く、いろいろな人が行き来している。
そのミックス感が特徴的であり、コミュニティができる可能性を感じる。
これに加えて、私たちが海外視察等で見てきたファーマーズマーケット、また青山で運営している「国連大学ファーマーズマーケット」などの要素を盛り込むことで、”フードエクスペリエンス”というコンセプトを中心とした熱気ある活性化ができるのでは、と考えた。」
900坪の水産倉庫が持つ天井の高い空間を活かし、ライブ感が感じられ、色々なものがミックスされた商業施設。そんな姿を想像しながら店舗・建築・運営を調整していく中で、関係者がだんだんと一つにまとまってきた感じがする、と堀之内氏は回想した。
来訪する人は老若男女さまざまであり、各々が気になる店のショーケースを眺め、食べ物を買い、施設内のイスや海が見えるデッキテラスで飲食を楽しんでいる。
船を形取ったパネルや長いシートベンチ型が設置されたコーナーでは、子どもの記念撮影をするなど、微笑ましいシーンも垣間見られる。
横須賀が持つ歴史や海際の雰囲気にちなんで、BGMにはブラジル音楽の要素が入ったジャズや、緩やかなテンポのブラックミュージックが流れている。
横須賀という街が持つカルチャーに、食、そして音楽やスポーツによって地域一丸となった活性化が進む中、関係者はすでに新しい課題へと目を向けている。
「隣の鎌倉を含め、横須賀は観光客の9割以上が日帰りである。経済効果を出すためにも、宿泊を兼ねた観光需要の獲得は必須である。鎌倉から横須賀、そして三浦半島など周辺地域には見所も多い。横須賀はドルが使える店舗もあり、ナイトマーケットを充実させることで国際色豊かなインバウンドの拠点になり得る。横須賀市は観光客数増を目標としているが、実現は十分可能だ。それに貢献していきたい。」(石原)
「今後は、近隣の三笠公園や猿島で遊び、その後ポートマーケットで食べる、というルートを確立させたい。それに、海際には再生余地のある施設がまだある。エリア全体の魅力付けを行い、訪れた方々に1日滞在してもらえるよう演出していきたい。」(竹内氏)