ストーリーStory
お隣さんと有事に備えたコミュニティづくり
Meet The Neighbors!(お隣と仲良くなろう)
「大屋と店子」の関係が常識と言われる不動産業において、 互いに思いやりと活気でつながるコミュニティを構築したい。いちごは保有・運用するミドルサイズビルにおいて、不動産 オーナーとしての新たなチャレンジに取り組んでいる。商業施設ではそのような話もあるが、オフィスビルでは未だ事例が少ない。それを実現するには、単なる「大家と店子」といった関係を超えた発想の転換が必要になる。
その一つの取り組みが、保有・運用するビルにおいてコミュニティ創出を図るイベント「Meet The Neighbors!」である。
きっかけは、入居テナントの社長から聞いた話だった。
同社は、東日本大震災の時、別の都内出店地で連絡手段や緊急物資の確保に困っている近隣店舗との助け合いに互いが逡巡する経験を持っていた。日頃から挨拶し合うような関係がなかったのが原因かもしれない、そう考えた当時の同社社長は近隣店舗に声をかけ、独自に交流イベントを実施していたのだという。イベントは立食パーティー形式で、会社紹介やゲーム、景品大会などが構成されていたが、プログラムの一部に震災での教訓を生かし、救命機器「AED」の使用講習も加えられていた。AEDは街中で見かけることが増えたものの、実際に使い方を知っている人は少なく、講習への評価は高かったという。
この話を聞いたいちご地所代表の細野が趣意に共感し、私たちも不動産オーナーとして、この取り組みを行うべきだと決意した。そして2023年の渋谷を皮切りに、同社イベントの名称を引き継ぎ「Meet The Neighbors!(以下、「MTNs」)」として継続的に開催することとなった。
初回の「いちごフィエスタ渋谷」では全10テナントを対象に、隣地で営業するグループホテルからケータリングを取り寄せ、AED講習や交流パーティーを実施した。
イベントは滞りなく進み、テナントの皆さまとも充実感を共有して終会を迎えることができた。盛り上がりを実感した細野は、MTNsをテナントや地域との連携を目指す取り組みの柱にできると確信したと言う。
「ネーミングに込められた”お隣さまと繋がる”ことは、平時のみならず災害時において大きな効果をもたらす。一見パーティーの雰囲気ではあるが、本質的には防災時に機能するコミュニティづくりを意図しており、保有・運用する物件がある様々なエリアで今後も手掛けていきたい。」(細野)
MTNsはその後2年間で門前仲町・赤坂・お台場と延べ5回開催し、今後も定期的に取り組むイベントへと成長した。
物件ごとにプログラム内容は異なるが、いずれにおいても欠かさず行っているのはAED講習である。
講習を受託するフクダ電子株式会社は、国内で一般の人々がAEDを利用できるようになった2004年よりAED販売を開始。現在では世界2番目の規模となる設置台数69万台の普及に寄与した一方、“いざという時に使える自信がない”という声が多いことを受け、AEDによる一次救命の啓蒙活動も行なっている。
「同じビル内でのコミュニティ形成を促進する活動に、AEDを用いた一次救命講習会はその一翼を担うことができると共感し、MTNsにぜひ協力したいと思いました。同じチームメンバーが協力し合い、初対面であっても救命講習を体験することにより、メンバーが打ち解ける様子をたくさん見てきたからです。」 MTNsすべてのAED講習で講師を担っているフクダ電子の倉谷奈央子氏は語る。
近隣他社の人とともにシミュレーションを行う講習もあり、初めは遠慮し合うものの、次第に行動はスムーズになる。ひとときの共同作業がきっかけで知らない人とも距離が近づき、同じビル内の連帯意識が生まれる瞬間を何度も見ることができた。防災というテーマが、そのスピードを早めるのだろう。
心肺停止の現場での一般市民のAED使用率は4%と言われている。
「国内では年間約8万人もの方が心停止になっていますが、AED講習受講者は心停止の現場に遭遇したことがないのが大半です。身近で経験がないため、実際に心肺蘇生の手順を学び、AEDトレーナーを使っていただくことで、受講後は救命活動への意識 が高まっていることを肌で感じております。講習会を通じて一次救命におけるAEDの役割を理解し、勇気を持って使用できる人を増やしていきたい。」(倉谷氏)
2024年9月にいちご赤坂Villageで開催されたMTNsでは、企画運営を初めて社外の会社に委託した。
委託先の株式会社エフアイシーシー(以下、「FICC」)は同物件に入居し、リベラルアーツの視点を活かしてクライアントビジネスをより良い方向へ導くコミュニケーション計画やデザインワークの提供を通じて、様々な企業のマーケティング支援やブランド構築を担っている。
クライアントへの貢献を通じて社会をより良いものにする、という同社の企業姿勢にいちごの担当社員が共感し、MTNsの共同推進を依頼した。
「私も含め担当者それぞれがビルを越えて地域の体験を持ち寄り、同ビルに入居する他社の方々とコミュニティ意識を共有できるコンセプトづくりや体験設計について社内で議論を重ねました。」(FICC代表の森啓子氏)
「担当が変わったとのことで挨拶に来た松本さん(いちご社員)に、オフィスをご案内しながら弊社クライアントとの関わり方などを説明していたのですが、話しが進むに従いMTNsというイベントに協力してくれないかというお誘いをいただいたんです。」FICC総務部の峰松奈々子氏は語る。
多くの運用物件と同様に、いちご赤坂Villageでも1フロアを1企業が利用するケースが多い。共用部が少ないこともあって入居者間の日常的な交流はなく、他階の人を知らない状況から準備が始まったが、実際にイベントが始まると大きな盛り上がりを見せ、終会後も人が残るほどの盛況となった。
AED講習に始まり、クイズ大会や立食パーティー、FICCがオリジナルで考案した建物内ロールプレイングゲームまで多岐に渡るプログラムが展開されるにつれて、コミュニティの礎となりそうな他社との良好な関係も構築できた。
「今回のイベント後、弊社クライアントさんがサンプルを持ってきてくださったのですが、普通だったら社内でシェアするところをご近所にお配りする感覚で他階の方にも差し上げたんです。よく近所でありますよね、作りすぎ ちゃった煮物を持ってくとか。そういうことができたので ”これがコミュニティってことなのかな”って自分たちも改めて思ったんです。クライアントさんもびっくりされていました。“え、そんなことってあるんですか”みたいな。でも受け取られた方々からもすごく喜ばれたんです。」(FICCディレクターの水嶋未来氏)
流行に触れると同時に、時代に左右されない良いものにも触れることができる街、それが赤坂の魅力だと語る森氏は、同じように赤坂に愛着を持つ人と街の話ができるようになったことも嬉しい結果だったという。
トレードピアお台場はいちごが保有する物件の中でも大規模である。ここでは2023年、2024年と二度にわたりMTNsが開催された。コロナの影響で増えていた空室も残りわずかな水準まで回復、就業するオフィスワーカー数は約4,000人にのぼる。
プログラムの一翼を担う演目として『100万人のクラシックライブ(以下、「100クラ」)』が2年連続で開催された。
100クラは、プロのクラシック演奏を通じて、「感動の共有」「演奏家と社会を繋ぐ機会の創出」「地域コミュニティの活性化」を目指して運営される全国規模のイベントだ。
開催を支援しているのが、トレードピアお台場に入居するスパイスファクトリー株式会社である。代表の高木広之介氏が100クラの思想に賛同して以来、お台場ではすでに幾度も開催を先導している。
ランチタイムにコンサートが始まると、普段は聞こえることのないバイオリンとピアノの音色に聴き入る人、椅子に座って最後まで聴く人など、好意的な反応がある。
「居を構えているところに地域貢献すると決めており、共感する100クラをやらせていただいている」と語る取締役CSO(Chief Sustainability Officer)の流郷綾乃氏から、1Fエントランスホールでの開催を相談されたことを機にいちごも協賛を決め、MTNsプログラムに組み入れさせてもらうこととなった。
同社はワンフロアに社員全員が集まることのできるオフィスを求め2023年に移転したが、それまでは特にお台場との縁はなかったという。
「候補地が絞られた段階で当時のリーダー陣にアンケートを取ったところ、環境建築Sクラスを取得していたトレードピアお台場を評価する声が多く、当社には環境意識が高い社員が多いと実感する機会にもなりました。」(流郷氏)
DX企業として成長著しいと同時に社会貢献意識が高いことも特徴である。例えば海外法人設立の際は、就学と生活の両立が経済的に困難な現地大学生に限定し、5名の社員採用ごとに一名の学生に対する就学・生活サポートを行っていると言う。
拠点を設けた地域事情に応じた貢献を立案するスタイルを経て、お台場では100クラ開催による文化支援が取り組みの一つとなった。
オフィスビルも日頃からオープンな雰囲気が定着したら街からもっと魅力的に受け止められるのではないか、と語る流郷氏は次のように語る。
「私たちは(トレードピアお台場が立地する)港区の社会福祉協議会の会員で、そこに登録するボランティアの募集ができるのですが、近隣の商業施設で100クラを開催した際に港区の方々が多く集まることが分かりました。
100クラのような機会があるだけで、何か手伝いたい、参加したいとボランティアが集まってくれるんです。
今後は他の会社さんも合同で一緒にやりませんかと動いてみたいですね。その輪が広がっていくでしょうし。そういう方々との連携を 強めることで、お台場に来ると必ず賑わいが生まれている状況や、温かみのある街を生みだせるような効果を出せるといいなと思っています。」
参加者の方々に記念品をお渡しする終会のタイミングは、いちご担当者にとって示唆に富むフィードバックや顧客満足につながる具体的なヒントを直接傾聴することのできる貴重な機会である。
また同時に、MTNsの推進に協力してくれた入居企業の方々との関係も強くなるのが分かる瞬間だ。
その根底には無事にイベントを進行できた安堵感だけでなく、まだスタートにすぎないがコミュニティ構築の有意義さを共有できたこと、そしてビジョンを形にできたことへの達成感がある。